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以前から、腸管の粘膜炎症と腸内フローラの乱れは密接に関連することが知られてきました。一旦粘膜に炎症が起こり、これが進行して炎症が筋層に及ぶと、腸管の運動機能障害を引き起こす。腸管運動は腸内フローラ維持の最重要な因子であり、ここに乱れが生じると粘膜炎症が悪化し、一つの悪循環の状態をもたらしてしまうことになります。私たちは、ヒルシュスプルング病モデルラットにおいて、腸内フローラの乱れに付随して筋層でみられる炎症反応が、筋層間神経叢部分に常在するマクロファージに依存するのではないかとの仮定のもとに実験を行い、これを証明し、さらに本病態モデルでみられる運動機能障害に関わることを見出しました。ここでは、腸内フローラと腸管運動機能障害との関係を紹介することにします。(腸内細菌学会誌 19, 9-16, 2005を改変して掲載しています。Am J Physiol Gastrointest Liver Physiol.287, G638-G646がベースとなっています。)
動物は有益な腸内フローラと共存して生きているが、腸内フローラの数やパターンは、細菌の分裂速度と消化管の上部から下部への流れという2つの大きな要素のバランスの上に成り立っている。腸の各部位には適切な細菌が適当な数で存在することが重要でありる。炎症性腸疾患(IBD)のモデル動物においては、いずれの場合も無菌状態では腸炎は発生しない。従って、腸内フローラの存在が腸粘膜炎症の発症に重要であると一般に認識されている(1)。ところで、腸管のバリアー機能を考えると、粘膜が炎症で破壊され場合、深層の筋層も細菌の侵入を受け、種々の毒素や異物に直接さらされることになる。そして、有害な細菌や異物を体外へ排出する機能は、腸管の運動機能に依存する。したがって、粘膜炎症が筋層にまで及び筋層の運動機能が障害されると、腸炎症全体が悪化すると予想できる。
腸内フローラと腸粘膜の関係についての報告は数多くあるが、腸内フローラと消化管運動との関係を調べた研究は極めて少ない。さらに、筋層の炎症そのものの研究も極めて乏しく、IBDでしばしば発生する運動機能障害の機序はほとんど明らかにされてはいないのが現状である。本稿では、様々な腸疾患で問題となる消化管運動機能障害と筋層炎症反応の関係についての最新の知見を紹介し、消化管運動機能をコントロールする要素としての腸内フローラ、あるいは腸内フローラをコントロールする要素としての消化管運動機能の意義について、我々が最近行ったヒルシュスプルング病研究を例に考えてみたい。
1.腸管運動は腸内フローラによって影響されるか
腸内フローラは、ある特定の菌種が適切な腸管の部位において増殖・定着していることが重要である。この腸内フローラのプロフィールは、様々な要因(例えば、pHや胆汁、消化酵素など)で影響を受けるが、なかでも腸管内容物の流れ、すなわち消化管運動が腸内フローラプロフィールを規定する重要な要素と考えられている。 ここで、腸内フローラが運動機能に影響を与えることを示す幾つかの論文を紹介する。例えば、無菌動物腸管(小腸)における内容物輸送速度は正常動物に比べて遅いが、正常細菌叢を定着させると短縮する(2, 3)。また、無菌動物にLactobacillus acidophilusとBifidobacterium bifidumを投与すると輸送速度は通常動物の速度に近づくことも観察されている(4)。
小腸の運動は、空腹期と食後期でそれぞれ特有の収縮パターンを示す。空腹期では静止期(T相)と不規則な小振幅の収縮群(U相)と、これに続く高頻度の規則的な大振幅の収縮群(V相)が現れる。このV相の収縮群は、消化管間欠伝播性収縮interdigestive migrating contraction(IMC)と呼ばれ、蠕動運動の指標とされる。そしてIMCを起こす電気活動は伝播性筋放電群migrating myoelectric complex(MMC)とよばれ、蠕動時にその間隔が短縮され、平滑筋活動が亢進する。このMMCに対して、腸内フローラが影響を与えるという報告がある。例えば、Micrococcus luteus とEscherichia coliは、MMC間隔を延長し、消化管運動を減弱させる。すなわち、生体は菌の持つ特異な成分を認知し、何らかの機序を介して運動系を間接的に制御していると想像される。実際、Clostridium difficile が産生するToxin Aが、in vitroの条件下で消化管平滑筋の副交感神経活動に影響するとの報告もある(5)。さらに、抗菌薬の経口投与が消化管運動に影響することも知られているが、これも腸内フローラの変化が運動系に影響を与えた結果と解釈される。
2.腸管運動機能障害
1)腸管運動機能の理解
腸管は粘膜を介して生体外と接しており、常に病原体の感染や異物の侵入の危険にさらされている。腸管粘膜には数多くの固有のリンパ球ほか、パイエル板や孤立リンパ小節などのリンパ組織が存在するが、ここには多数の常在型マクロファージが存在し、粘膜病変に深く関わっている。腸管粘膜免疫は、免疫学の中でも主要な研究テーマの一つであり、これには膨大な研究がある。一方、炎症性腸疾患(IBD)などの重度な粘膜炎症を伴う腸炎には運動機能障害が伴うことが多いが、運動機能の乱れは腸内フローラの異常化をもたらし、炎症の悪化に大きく寄与している可能性が考えられる。すなわち、粘膜、筋層そして腸内フローラの3者は互いに影響しあって腸のホメオスタシスを形成していると考えられるが、粘膜病変だけではなくこの様な複雑系の破綻を腸の炎症病態と見ることが出来る。
ところで、消化管の筋層間神経叢の平面には、ペースメーカー機能をはたすと考えられているICCが並んで存在するが、実はこれと同じ面に常在型マクロファージが規則正しく分布している(図2)。電子顕微鏡による観察により、消化管筋層の常在型マクロファージは細く短い偽足様突起を有し、比較的電子密度の低い細胞質に一次、二次のライソゾームや被覆小胞(coated vesicle)を有することで特徴づけられ、周囲の平滑筋や神経要素、ICC等と識別される(図3)。単離培養した成績から、機能的にもマクロファージであることが確認されている(10)。
ここで、筋層の常在型マクロファージの研究の歴史を振り返ってみると、正常な筋組織にマクロファージ様細胞が存在するという記載は100年以上も前からなされていたが、広く認知されることはなく、また線維芽細胞やICCと混同されることがしばしばであった。1985年にMikkelsenらは(11)、主としてホールマウント標本で詳細に観察し、筋層間神経叢ならびに漿膜の縦走筋層側に常在型マクロファージが規則的に分布することを報告した。この研究がきっかけとなり、筋層内常在型マクロファージの機能の解析が行われるようになった。筋層間神経叢に存在する常在型マクロファージは、神経節細胞と近接しているだけではなく、腸管運動のペースメーカー細胞として知られるICCにも接している。すなわち、常在型マクロファージはICCあるいは神経といった平滑筋運動機能を制御する細胞系とのクロストークを介して、腸管運動機能の調節に関わっている可能性が考えられ、注目されている。
3.ヒルシュスプルング病態モデル動物における筋層の炎症
2)ARの小腸膨大部の腸内フローラと筋層炎症
腸粘膜の炎症には腸内フローラの異常が深く関わることから、まず始めにARの小腸(神経叢が正常な部分)の腸内フローラを解析した。腸管狭窄および膨大をおこすARでは、腸管膨大部(回腸)において、総細菌数が増加し、さらに通常は盲腸で見られるようなClostridia属が出現し、またStreptococci属が増加しており、腸内フローラのプロフィールが大きく変化した異常な環境となっていた(表1)。さらに、粘膜における強い炎症像が確認されるとともに、粘膜下の筋層においても炎症細胞の浸潤が見られ炎症反応が進んでいることが確認された。体内移行を起こす有害な細菌類の増加も顕著で、多量の細菌が粘膜や筋層に侵入し、血行を介して全身に伝播している可能性が考えられた。
Bacterial groups Control ETB (-/-) Enterobacteriaceae 4.0 ± 1.2 9.1 ± 1.8** Enterococci 6.6 ± 1.1 9.7 ± 0.6** Staphylococci 5.4 ± 0.9 5.2 ± 1.1 Gram (-) aerobic rods 5.0 N.D. Yeasts N.D. 3.0 Lactobacilli 8.8 ± 0.3 9.1 ± 0.7 Bacteroidaceae 5.8 ± 1.3 10.0 ± 0.6** Bifidobacteria 5.0 N.D. Eubacteria 6.8 ± 2.1 9.9 ± 0.6** Clostridia N.D. 8.8 ± 1.1 Total count 8.9 ± 0.3 10.6 ± 0.5 血中LPS濃度を測定すると、有意な増加が認められた。腸内フローラが大きく変化した腸管膨大部でのLPS産生を考慮すると、消化管壁局所におけるマクロファージが、血中濃度よりも高い濃度のLPSに曝露され活性化されている可能性が想定される。次に、ARの腸管の筋層を摘出し、サイトカインのmRNA量を測定したところ、IL-1bとIL-6の有意な増加が認められた(図7)。またこの時、ED2抗体陽性の筋層内常在型マクロファージの数が2〜3倍に増加していた(図8)。
4)ヒルシュスプルング病腸管狭窄の3つの原因
ところで、ARの無神経節部分の腸管の平滑筋層は増殖して肥厚し、また平滑筋自身の収縮性も亢進し、このことも狭窄のもう1つの要因ともなっている(21)。この様に、ヒルシュスプルング病腸管狭窄の原因は、神経節が欠損していることに加え、少なくとも2つの二次的要因が関与しているものと考えられる(20, 21)。 4.まとめ
炎症を伴う腸疾患では粘膜の炎症が問題となるが、同時に消化管の運動機能が障害されることにも着目しなければならない。すなわち、粘膜の炎症が進行すると、この炎症反応は次第に筋層へも伝わる。筋層に炎症が及ぶと神経・ICC・平滑筋によって構築される運動系が障害される。この時、腸内フローラの変化が免疫反応を介して重要な役割を果たすと考えられる。すなわち、運動機能障害によって腸内フローラは乱れ、その結果管腔内に様々な有害物質が蓄積され、細菌の体内移行が進行し、粘膜の炎症が悪化する。粘膜炎症の悪化はさらに筋層炎症を悪化させ、悪循環に入るものと想像される。この時重要な役割を担うのが、筋層の自然免疫系をつかさどると考えられる常在型マクロファージである。
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