東京大学大学院 農学生命科学研究科 獣医薬理学教室(堀教授)

わたしたちの研究ルーツ

科学には終着駅があるのか?

一つの研究にはconclusionがあり、それがその研究のゴール(駅)となる。その駅にたどりつけば、また、新しい疑問が見え、次のゴールを目指そうと考える。そして、次の駅へのレールをつくりつつ次の駅へ走り始める。それが2年、5年、10年、20年と続き、多数の研究者がそのレールを走り次のゴールを目指す。こうして、一つの研究分野が体系化する。われわれが行ってきた内臓管腔臓器を構成する『平滑筋研究』と海産毒や食品機能性成分、漢方薬成分などの『天然化合物生理活性探索研究』が、まさにこれに相当する。

本線はいくつもの支線を生み出す

次の新しい駅へと線路を繋ぎ、終着駅の見えない長い研究線路を走る、、、シベリア鉄道のように。そしてこの長い研究線路はたくさんの支線を生み出し、支線は駅を増やし、別路線へと発展するのだ。それが、われわれの『消化管ペースメーカー細胞(カハール介在細胞;Interstitial Cell of Cajal, ICC)研究』、『常在型マクロファージ研究』であり、『筋線維芽細胞研究』、『間葉系前駆細胞研究』である。

本線と支線は社会を動かす

われわれの平滑筋研究、筋線維芽細胞研究、ICC研究、常在型マクロファージ研究などはひとまとめに『消化管運動―炎症免疫連関』へと発展している。海産毒研究と食品機能成分研究、漢方薬成分研究は、相互乗り換えし、たくさんの駅を持つ『天然化合物生理活性探索研究』へと継続している。これらの研究は多くの異分野の研究者を束ねる研究へと発展していくのだ。

異なる本線との連結

平滑筋研究という路線は、時に細胞内Ca動態というKey wordで『心筋研究』へも連結し、支線として伸びた間葉系前駆細胞研究は『骨格筋研究』とも繋がり、異なる視線による新しい支線を作り上げた。

複雑な路線図から

このような複雑な路線図を作ってきたわれわれの基礎医学研究は、医学や薬学とは異なる視線から疾患の病態生理学研究や創薬基盤研究を生み出している。そして、細胞から個体、遺伝子からタンパク質、機能学から形態学、、、たくさんの路線を持つ獣医学も、医学や薬学とは別な視点でヒトや動物の病気を俯瞰する学問である。今、わたしたちは、筋肉や骨の成長、間葉系前駆細胞の役割、細胞内シグナル伝達、多種動物間での相同性や特異性など、これまで培ってきた沢山の路線をベースに、新たに『個体サイズの制御機構の解明』という路線づくりの出発点に立った。必ずや、新しい線路を作っていけることを信じて、皆で前進あるのみ、だ。

さあ、われわれと一緒に新しい科学の線路を作ろう。

①平滑筋の生理・薬理・病態・・・・ミオシンホスファターゼ研究(血管、膀胱、子宮)

  • サイトカイン・増殖因子による平滑筋収縮機能の変化
  • 血管・腸管平滑筋の低酸素ストレスによる変化
  • 平滑筋におけるホスファターゼ調節因子CPI-17の役割  など

動物の体を動かす筋肉には、骨格筋、心筋、平滑筋の3つがあります。骨格筋と心筋はとても速い動きをするのに対して、平滑筋はゆっくりと収縮と弛緩を繰り返します。骨格筋は意志でじゆうに動かすことができますが、心筋を平滑筋はそれができません。

平滑筋は内臓臓器の管壁を構成する筋肉です。消化管運動や血管径の調節、膀胱や子宮などの泌尿生殖器の機能、瞳孔径の調節をはじめ多くの生体反応に大切な役割をはたしています。

以下に、平滑筋収縮機能の調節がうまくいかなくなることによって起こる病気を説明しましょう。

  1. 高血圧などの血管病は、平滑筋の収縮性が高まり血管径が狭くなる病気です。進行すると平滑筋細胞が増殖して血管を肥厚させ、動脈硬化へと移行します。
  2. 腸に炎症が生じると、平滑筋細胞に影響が及んで運動能が低下し、腸内の環境を乱して炎症病態をさらに悪化させ、重篤な腸炎へと移行することがあります。胃もたれは胃の平滑筋の機能異常で起こります。また最近、命に関わるほどではないがQOLを著しく害する過敏性腸症候群IBS患者の数が増加し問題となっています。これにも平滑筋機能異常が関わります。
  3. 喘息では、気道の平滑筋が収縮して気道の径を狭め、呼吸が苦しくなります。
  4. 男性の多くは年をとると頻尿などの排尿障害の症状を持つようになります。これは、膀胱平滑筋機能の異常によるものです。

平滑筋が関わるこれらの病態の機序を分子レベルで調べること、そして治療薬の開発へとつなげることが私たちの教室の研究テーマです。現在使われている薬の約半数は、間接あるいは直接に平滑筋機能を調節することにより効果を発揮するといわれています。社会的にも重要な研究だと思っています。


【消化管平滑筋層の走査電子顕微鏡像】
平滑筋細胞のシートの上に、神経節、カハール介在細胞、線維芽細胞などが見える

【平滑筋収縮は細胞内カルシウム濃度の上昇によりはじまります。 そして、そこには複雑な情報伝達機構が関与しています。平滑筋病態において、これらの経路の中でいずれが変化しているのかを分子レベルで解明することが、私達の研究の目的です。】

 

②消化管運動―炎症・免疫連関研究・・・・炎症・代謝ストレスとICC、常在型マクロファージ(糖尿病、炎症性疾患、IBS)

  • 消化管の筋層に常在するマクロファージの生物学
  • 肥満細胞の情報伝達系と消化管病態  など

 さらに詳しく学習  消化管運動と免疫系

教室では、平滑筋研究で得た経験を生かし、免疫系細胞(マクロファージや肥満細胞)の研究も手がけています。平滑筋と免疫系細胞とのクロストークを調べることにより、平滑筋臓器の病態(炎症性腸疾患に付随する運動機能障害、増殖性血管病変など)を研究しています。

   

【消化管の縦走筋と輪走筋の間に位置する3種類の細胞群:緑で染まる細胞は常在型マクロファージ(左)とカハール介在細胞(右)で、赤く染まる細胞は神経。消化管蠕動運動は神経とカハール介在細胞の連携で制御される。興味あることにこれと同じ平面にマクロファージが分布している。マクロファージは何をしているのだろうか?】

③間質構成細胞群による臓器線維症研究・・・α7nAChRシグナルと臓器線維症、各種臓器のPDGFRα陽性間葉系間質細胞の生理・薬理・病態

  • 平滑筋機能に着目した筋線維芽細胞の情報伝達機能研究

筋線維芽細胞は線維芽細胞の亜種で支持細胞の1つですが、筋細胞にも分類される細胞です。全身のほとんど全ての臓器に分布しています。

炎症により平滑筋型のアルファアクチンを発現するようになり、盛んな免疫応答をかねそなえた平滑筋様の細胞へと変化するという特徴を持っています。創傷治癒機転、組織の線維化に関わると考えられている細胞です。

最近、筋線維芽細胞に関する研究論文が急激に増加しています。これまで余り研究されてこなかった臓器線維症に監視員が集まっているからです。私達も、平滑筋研究の経験を生かし、臓器線維化に至る筋線維芽細胞の病態生理学、さらに薬理学的な研究を始めました。次世代の平滑筋研究と位置づけています。

 さらに詳しく学習  Myofbroblast

 


【 ラット肝臓から作成したHepatic Stellate Cell 】
    培養7日後の活性化細胞。HSCは発見者の名前にちなんでIto cellとも呼ばれる。

④血管内皮細胞の生理・薬理・病態

  • プロスタグランジンの血管内皮に対する生理的、病理的作用と治療応用
  • ステロイド受容体の血管内皮における役割
  • 肺高血圧症の発症機構と治療法の開拓  など

血管内皮細胞(Endothelial cell)とは血管の内側を覆う扁平で薄い細胞で、血液と直接接しています。内皮細胞は動脈、静脈、さらに毛細血管に至るまで全ての血管系の内腔に敷石のように並んでいる細胞です。以前は、血管壁と血液との物理的な境界をつくる機能しかないと考えられていましたが、今では血管細胞が様々な生理活性物質や機能分子をつくり、血管平滑筋の収縮、血液凝固、白血球の浸潤などの生理機能を調節していることが明らかになり注目されています。ガス状生理活性物質である一酸化窒素(NO)の発見は、この内皮細胞でつくられる平滑筋弛緩物質の探索から見つかりました(1998年のノーベル医学生理学賞受賞テーマ)。

血管内皮細胞の傷害・異常は、高血圧、動脈硬化、局所の炎症、癌など、様々な病気に関係しています。内皮細胞は、平滑筋、線維芽細胞、血球細胞、各種の免疫細胞と常にクロストークしており、この機能破綻が様々な臓器の病態と関連していると考えられているのです。教室では、「動物のホメオスタシス維持・病態形成における内皮細胞の役割の解明とその制御」を目指した研究を行っています。


【血管内側の映像】
緑はNO合成酵素 赤は細胞膜の窪み構造カベオラの構造タンパク質Cav-1を染色しています。


海産生物、食品、漢方由来の天然生理活性物質の薬理・・・・米糠成分γ-オリザノール、大建中湯/六君子湯/半夏厚朴湯などの成分機能解明

  • 海綿由来のイソプレノイド化合物、アクチン重合阻害剤ファミリーなどの生理活性物質
  • 米糠、食用油由来の生理活性物質 など

教室のもう1つの大切なテーマとして、天然の生理活性物質(毒)の薬理作用の研究があります。天然毒は、ひ弱な生物が自らの身を守るために用意した巧妙な武器ですが、これを覆い隠す秘密のベールを1枚1枚はがし、そのメカニズムを明らかにしていく過程は推理小説の謎解きに似た興味があります。

また、食品成分に含まれる生理活性物質の作用を明らかにしていくことも教室の新しいテーマです。

1960年代に獣医薬理学教室で行われたフグ毒テトロドトキシンの研究を起点に、現在でもその研究は受け継がれ、海洋生物がつくる毒の中から脱リン酸化酵素阻害剤やアクチン阻害剤など重要な生理活性物質をみつけています。

今はやりの、ケミカルバイオロジーを意識した研究です。米糠成分のγオリザノールに関して、最近2つの特許を申請しました。

【IP3受容体の選択的阻害薬、ゼストスポンジンの構造と海綿】

過去の基盤研究