東京大学大学院 農学生命科学研究科 獣医薬理学教室(堀教授)

研究・教育にどう臨む?

<入室してきた学部生へ> 〜3年後の自分を想像して日々の行動を!〜

 獣医薬理学研究室は生物系の研究室なので、『研究(実験)』と『教育』をするために研究室は存在する。しかし、入室してくる学生が、全員『何らかの研究職』に就くことを将来像として望んで入室してくるわけではない。むしろ、学生たちの描く将来像は研究室に入室してくる時期には、まだ、大いに揺らいでいることが多い(とわたしは感じる)。無論、『生命科学研究』の経験があるわけでもなく、『獣医学』や『薬理学』を十分解っているわけでもない。学生は、様々な知識や情報、そして自己分析力にすがって自分の将来像を想像するしかなく、自分の経験則に基づく確固たる将来像を持つことは難しい。
入室してきた学生にはいつも次のように助言している。文系就職や公務員試験の対策なら、研究室に入ってからすぐにやらずともよいだろう。では、大学、国立研究所、理系企業などでの研究職志望を考えている場合はどうか?いずれも就職活動時には自分の手で行った研究成果のプレゼンを求められる。企業面接の一環だ。研究内容ではなく研究論理の構成や情報収集、プレゼンテーション、さらには研究成果をまとめる力を量られる。これらの準備をするには、しっかりした研究計画と十分な実験結果、そして得られた実験データの十分な解析と考察、見通しが必要だ。そのためには入室当初から研究に着手する必要がある、2年後の自分の置かれている立場を想定し、それを目標とし、そのために今日から何ができるかを考えて、少しでも前に進もう!と入室してきた学生たちには話している。つまり、少しでも研究職志望の将来像を考えているなら、ガッチリスタートダッシュをかけて研究をしていこうと。
 もう一つ大切なこと、それは各学生の将来像とは関係なく全ての学生に話していることがある。研究室は一つの小さな『企業』であり、経済的利益を上げる替わりに新しい科学の知見を得ること(具体的には特許の申請や、科学論文の公表)を目的とする。資本金は、国や企業、財団からの競争的研究費(一部は税金)だ。額も数十万〜数千万、億単位まで、期間も単年〜5年間など、様々だ。研究室は、それぞれの研究費の研究目的に沿った知見を見出す努力をしなくてはならない。その指揮を執るのが教授であり、その成果を出すべき実験をするのが研究室の他の教員やポスドク、そして学生たちもこれに加わる。個人プレーもあれば団体プレーもある。各自は企業の1社員として任された仕事(研究)を良く考え、他の社員(学生・院生・スタッフ)と良く連携し、最大限の利益(新たな研究成果・知見)を生み出す努力を自らしてほしいと。そのためには、上司の言いなりになるのではなく、自らが良く考え、良く調べ、良く実験をし、そして良く周囲の人と調和し考えを酌み交わして前に進んでほしいと。

<進学してきた大学院学生へ> 〜歯車で甘んじるな、小さくてもモーターになれ!〜

 内部進学生、外部進学生を問わず、まず話すことは、ラボの単なる歯車にはなるな、小さくてもモーターになれとはっぱをかける。研究室の大きな研究テーマの範疇で、自分で考えた研究が自分の手で実り、自分の手で論文としての成果を出し、小さくとも自分自身で書いた研究申請書で研究費を得る。これが研究者の基本であり、喜びの源だ。在籍中にこれをマスターしてほしいと話をする。もう一つは、日本学術振興会の研究員(DC1、DC2)を目指せと話す。そして、学部生にも話しをするが、1年後、2年後に学術振興会研究員となるためには、今日、明日から何をすればよいのかを考えよ、と。そして、研究の壇上では、皆平等であり、教員も大学院生も同等に討議しようと話す。

<学生は「論文」というゴールに向かってどう対処すべきか> 〜楽しんで研究を!〜

室員全てが研究を責任感をもってしかも楽しんでやる、あるいは、1人前の研究者に育てるという観点からは、学部生であろうと、1人1人が完全に独立したテーマを持ち、論文を完成させるというポリシーを譲るわけにはいかない。
若い人が歯車となってしまうような、効率第一主義のデータ工場にはしたくはない。山あり谷ありでも、決して無理をせず、ゆっくり、でも確実に、、、。各自にあった持続可能(サステイナブル)な方法で、、、、。個性豊かな自分らしい研究を楽しんでしてほしい。

<生物学にはたゆまぬ情熱と向上心が必要>

生物学は実験科学であり、実験というプロセスを経て証明する学問だ。秀才である必要はない。手を動かして初めて成果を得ることができる。。良いアイデアは日々の実験の中から必ず出てくる。ひたむきな努力が良い結果を生みすのだ。失敗を恐れてはならない。失敗を楽しんでほしい、失敗の中に新しい発見がある。次に生かせ。そして、振り出しに戻る勇気も時に必要だ。そしてもう一つ大事なこと、 それは、「いつも思いこみを取り払って見る」ことだ。

<生物学には職人的な要素がある>

研究では、1つの事象を最も効率的でしかも確かな方法で他人に見せねばならない。そのためには、再現性を常に担保する熟練した技術を身につけることが必要だ。生物系の研究室は、その様な技術を具備した職人集団といえるかもしれない。研究室が力を持ち続けるためには、常に新しい技術を取り入れる意欲と、これを「伝承」し持続的なパワーとする努力が求めらる。
大学院生には、単に技術を研究室から受け入れるだけではなく、研究室には今はない新しい技術を持ち込む、という役割を担って欲しい。生物学には、卓越したアイデアも重要だが、職人的な感性も必要なのだ。

<論文を書く、そして常にワンランク上のジャーナルをねらいたい>

実験を終えた後には論文を書き、これを国際誌に掲載するという義務が生じる。
しかし、 これにはかなりのエネルギーを要する。
実験の最中は自分中心ですべてを進めることができるが、発表の段階では他者を説得するという新たな要素が入って来るからだ。
One more figure outを常に目指したい。それは他者をより強く説得する武器となる。
この向上心がなければ研究者として1人前にはなれない。主要な国際誌に論文が受理されたときの喜びはとても大きく、言葉には言い表せない達成感を得る。

Biomedical Science分野において「重要な論文」とは?
① 研究内容が真に斬新であること
② 生物科学の本質にせまること
③ 臨床を含めた他の多くの分野への発展性が見込めること   

<研究者をめざす> 

獣医学や広く生物学を修めたひとは様々な道を選択することができる。どれも、社会に役立つことを肌身で実感できるすばらしいものだ。研究者への道はその中でもおすすめだ。もちろん、研究者の世界も人がつくるもの。様々な矛盾や困難はあるが、、、、、。研究者を目指すからには、必ず学位(博士号)を取得しなくてはならない。これは、大学や公的な研究機関だけではなく、企業の研究所においても同じだ。