DAIRYMANデーリィマン Vol.49 No.11 1999年、11月号 より

インタビュー
ネットワーク「2001」
国立大獣医学部の再編整備を推進

国際的に通用する教育を目指して

ゲスト/唐木英明
東京大学大学院獣医学専攻教授
全国獣医学関係大学代表者協議会会長
国立大学の獣医学教育が、今、危機的な状況にあるという。獣医学部の再編整備を提唱する全国獣医学関係大学代表者協議会の唐木英明会長は、学生数に対して教員数が少なく必要な講座が開講できない、施設設備が不備である、大学院がすべての大学にない、そして一刻も早く改善しないと日本の獣医師は国際社会で通用しない−と、危機感を募らせる。獣医学部再編整備の目的を語ってもらった。

 

「臨床教育が不十分」と社会から強い批判

−国公立大の獣医学部の再編整備を計画している。
 唐木 昨年秋に、文部省に獣医学教育の充実に関する要望書を出しています。なぜ、要望書 を出すことになったのか。まず、獣医科大学の現状からみると、国公立大は一一大学(このほか 私立が五大学)。いずれの大学も獣医学科は大変人気があり、優秀な学生を集めているが、獣医 学の関係者には多くの不満があります。
獣医学教育は、昭和五九年から本格的な一貫六年制が始まりました。その目的は、臨床教育 の充実でしたが、国の財政事情悪化で教員数や講座の手当てが全くできませんでした。特に、 五、六年生で臨床教育をしようとすると大変人手がかかります。学生の実習のためには、教師が マンツーマンで指導しなければなりません。
そのためには、教員数が今の二倍は必要ですが、現実は、教員数・講座数とも一貫して、六 年制実施前の修士課程と変わらない状態で推移してきました。その結果、社会から「臨床教育 が極めて不十分」という強い批判が出てきました。
−かなり深刻である。
 唐木 批判を受ける理由には、いくつかあります。まず、教育関係者の質が低い、努力不足で あるということ。これは一理あるかもしれません。従って、われわれとしても、教育理念を再 構築し教員と教育の質の向上を目指して努力しています。また、自己点検、自己評価を行い、そ の結果をフィードバックして教育改善を進めています。
しかし、問題はこれだけではなく、教育システムにも欠陥があります。その最大の理由は教 員数と教育機器設備の絶対的不足です。
−現状はどうなのか。
 唐木 まず、獣医学科の現有の講座数と教員数をみると、北大の講座一七、教員四七人が最 も多く、そのほかは講座が八〜一一、教員が二○〜三○人の範囲です。同じ獣医学教育でも、 これほどの差があります。
しかし、国家試験に出る科目は一七です。つまり、最低一七科目を履修しないと一人前の獣 医師にはなれません。しかし、私立大を含む一六大学のすべてにあるのは、一七科目のうち七 科目までであり、残り一○科目はほとんどの大学で教えていません。しかも、国公立大の八割 が九〜一○講座しかやっていないんです。
 これに対して、文部省の公式見解は「大学設置基準を満たしているからいいじやないか」と いうものです。しかし、現状の農学関係設置基準では、教員数は全く足りません。

国際的に通用する獣医学教育の充実を
 −諸外国と比べると。
 唐木 欧米の大学の獣医学部では、学生数が一○○人の場合、講師以上一○○人というのが基 準です。欧米に比べて、日本の場合は極端に貧弱な教育内容になっています。
 例えぱ、EUの場含は、ことし一月に通貨統合が行われ、実質的に国境がなくなり、食料が 自由に国境を越えて流通するようになりました。従って、獣医師の質的な均一化が不可欠とな っています。ヨーロッパでは、獣医師の国家試験がないので、大学教育で卒業できた者は獣医 師として活動できます。従って、大学教育の均質化は至上命令です。
 そこで、EU機関は、三年ほどかけて域内の全獣医学科の点検を行い、教員、施設設備、力 リキュラムなどを評価しました。そして、合格大学の卒業生だけがEU全域で獣医師として活動 できる、不合格の場合は自国でしか活動できない−という合意に達しました。
 その結果、ほとんどの大学が合格しましたが、スイスの二大学が不合格になりました。その うちの一つの大学を例にとると、学生六○人に対して教員が六○人います。学生と教師は一対一 ですから、日本に比べると大変恵まれています。しかし、獣医学科は科目数が多いので、教員 の数を一○○人にしてほしいと要請し、今二つの大学を合併させる作業を進めています。
 −ずいぶん格差がある。
 唐木 日本の場含、欧米並みの教育をやろうとしたら、一人の先生が二倍働いても間に合い ません。実際、そんなことは不可能です。
 このほかでは、大学院の問題もあります。単独で大学院を持っているのは、北大、東北大、 大阪府大、それに私立大だけです。ほかの国公立大は、東と西で連合大学院を組織しています。 東は北大、岩手大、農工大、岐阜大、西は鳥取大、山口大、鹿児島大です。とにかく、超広域 をカバーしています。
 この連合大学院ができた背景には、六年制実施時に大学の再編整備を文部省がバックアップ していましたが、そのときの政治情勢や政治家などの反対があって実現できなかったことが挙 げられます。そこで、緊急避難的に広域の連合大学院を発足させました。しかし、この制度は なるべく早い段階に解消することになっていましたが、今日まで続いてしまったのです。

再編整備には数々の障害が立ちはだかる

 −そこで、打ち出したのが大学の再編整備。
 唐木 目標は、教員の増加、施設設備の充実、大学院の設置です。しかし、一八歳人口の減 少に伴って、学生定員を増やすことは不可能。また、公務員二五%削減が叫ばれ、国家財政が 危機にひんしている現状から、教員の純増も期待できないとなれば、現有の資源の有効活用し かない。
 再編整備には、次の三原則があります。一つは、獣医学部のない大学に統合する。平等に損 をして、平等に得をするというわけです。二つ目は、地域的な配置を考慮する。つまり、一ヶ 所だけに集めない。そして、三つ目は総合大学を目指す。つまり、大学院のない大学をなくし ます。
 具体的には、東は帯広畜産大、岩手大、東京農工大、岐阜大を東北大に、西は鳥取大、山口大、 宮崎大、鹿児島大を九州大にそれぞれ統合する。これによって、北大、東北大、東大、九州大、 そして真ん中に大阪府大が配置されます。
 これはあくまでも原案で、まだ東北大にも九州大にも、正式に話しているわけではありませ ん。われわれの希望を述ベ、皆さんの意見を聞いている段階です。当然、これより良い案があ れば考慮しなければいけませんし、決して最終案ではありません。
 しかし、われわれが考えている大学の再編整備には、さまざまな反対意見があります。地域 経済にマイナスになる、獣医学部を失う大学は規模が縮小する、獣医学部が大きくなるとほかの 学問領域を圧迫する、卒業生の就職先が奪われる、ほかの研究領域が破壊される−といったも のです。
 −反対意見に対しては。
 唐木 獣医学部の規模は大きくしません。学生の数も増やさないし、再編整備で教員はむし ろ減るでしょう。目的は、あくまでも獣医師の質的な向上を図るためであり、臨床や公衆衛生 を充実するための措置です。決してほかの学問領域を侵すつもりはありません。
 また「地域の畜産を見捨てるのか」といった批判もありますが、地域の畜産に責任を負うの は、大学ではなく地方公共団体であり、農水業の当事者であります。もちろん、心情的にはよ く理解できますが、大学がなくなったから地域の畜産がつぶれる−というのは、ちょっと筋が 違いますね。
 しかし、獣医学部が抜ける地域にデメリットがあるのは確かです。学生や、教員とその家族 がいなくなるわけですから、経済的、心理的な影響は確かにあると思います。これはまだ未解 決であり、獣医学部の教員だけでは解決できない問題です。

大学のプロック法人化、再編整備は時代のすう勢


 −解決はいつごろまでに。
 唐木 現状の学生の教育を考えると、一刻も早く実施しないと学生に申し訳ないと思ってい ます。この問題は、決して獣医学部だけのものではありません。
 例えば、ことし、私立短大の五○%が定員割れを起こしています。来年はもっと定員割れが 増えるでしょう。また、五年後には私立大の半数が定員割れを起こし、財政破たんを来すでし ょう。当然、国公立大も無傷でいられるわけがありません。大学審議会では「個性の時代に入 った」と言っていますが、個性以前に、こんな貧弱な教育内容では世界に通用しない−という のが、獣医学関係者の一致した意見です。
 現在、平等主義のもとに、国立大学がすべての県に分布されています。しかも、大学のサイ ズが極めて小さく、教育内容が貧弱です。今、話題になっている国立大の独立行政法人化の欠 陥はいろいろありますが、いくつかの大学をグループ法人化するブロック制は、かなり現実的 なものになってきています。なぜなら、国立大はもはや単独では生き残れなくなっているから です。
 従って、今後、大学はブロック法人化、再編整備に向かわざるを得なくなっています。文部 省が獣医学部の再編整備を後押ししてくれているのは、このような将来の方向を見据えての考 えからだと思います。
 国際化の進展によって、世界中のさまざまな農産物、畜産製品、動物が国境を越えて流通し ています。それに伴って、動物の疾病、人獣共通伝染病がまたたく間に世界に広がる危機も増 しています。世界的規模で、環境破壊、野生動物の絶滅の危機が叫ばれており、そのため、獣 医師が協力して情報交換を行い、連携してこれらの問題に対処する必要性が増しています。
 また、世界は獣医学教育基準を国際的に統一する方向で動いています。従って、わが国にお ける獣医学教育の充実は緊急課題です。今後、関係者と協力関係、相互理解を深め、より良き 方向を目指したいと思います。

【聞き手/篠原 功】


唐木英明さん 1941年生まれ 87年東京大学教授 96年同大大学院農学生命科学研究科担当 全国獣医学関係大学代表者協議会会長として獣医学教育の充実のために奔走する

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