この論文は、「JVM獣医畜産新報」Vol.51 No.6, 1998「特集:獣医学教育を考える−臨床教育の充実をめざして−」の1編として掲載されたものです。著者ならびに文永堂のご厚意により、ホームページに掲載させていただきました。

 

 

米国の獣医学部の臨床教育

 

 

纐纈雄三 Yuzo KOKETSU

ミネソタ大学獣医学部臨床疫学科

(University of Minnesota College of Veterinary Medicine 257 Veterinary Science, 1971 Commonwealth Avenue, St. Paul MN 55108 USA)

疫学利用の臨床繁殖をやってます。栄養・年齢・授乳期間・季節・マネジメントを影響要因として調べてきています。臨床現場は豚のプロダクションメディシン。今年は生産バラツキの繁殖成績への影響という不思議な分野について知りたいと思っています。

要約

 米国の獣医学部卒業生の大部分(7685%)が臨床に進むため,臨床教育は非常に重視されている。臨床現場に合わせて,柔軟かつ選択枝の多い臨床コースを用意しようとしている。さらに卒業後の臨床教育として,大学は獣医専門医のプログラム,講習会・研究会のエクステンション活動,働きながら学べる大学院も用意している。臨床教育にとって大切なことは学生のニーズと社会のニーズに答えることだと思われる。

 

はじめに 

専門職としての獣医師の役割は時代の変化によって変わってきている。例えば産業動物の臨床医の役割は第2次世界大戦後すぐの個別治療から,畜産物の需要増加による1農家当たりの飛躍的な頭数増加に伴って,疫学利用の群(populationsub-population)管理に変わってきた。さらに動物科学をも利用したプロダクションメディシンも重要となってきている。社会の変化に伴って獣医学部卒業生に必要な体系的知識と技術も変わってきている。

 大学教育はよりよき明日のための青春の時間とお金の投資であるという観点がある。すなわち,学生達は短期的には知識と技術の取得,中長期的には専門技術としてのキャリア展開をするために,彼らの時間とお金をつぎ込んでいるわけである。何とか学生達に彼らの人生で必要で有意義な物をつかんで欲しいと願わない教育者はいないであろう。

 ここにミネソタ大学獣医学部を例に取り,違った国の,違った獣医臨床教育システムを述べることによって,日本の臨床教育のさらなる発展に役立てばと思う。

 

1. 獣医卒業生への社会の需要と彼らの選択

 獣医学部への社会的需要とその供給を何で測るか,というのは難しいが,単純化して卒業生への求人先と求人数で表してみた。彼らが初めての仕事として何を選んだかをミネソタ大学獣医学部1997年度を参考にした(1)

 臨床というのは,獣医臨床クリニックに雇われる,ということである。クリニックというのは,220人までの獣医師を中心にテクニシャンや受付や秘書で構成されている獣医診療の単位である。そこで56年勤めるとアソシエイトとして経営にも参画するようになる。

 臨床の中で全畜種とあるのは,ミックスと呼ばれる小動物も馬も大動物もすべて診察するクリニックのことである。いろいろな動物扱えるのが魅力となっている。

 専門医教育課程というのはインターンとレジデントがあり,卒業後1年または3年かけて専門臨床分野を深く学ぶ課程である。皮膚科・牛の外科・馬の四誌肢問題などたくさんの専門科がある。この課程を終了すると専門医の認定試験を受ける資格ができる。専門医として専門クリニックに就職することになる。

 表1に示した通り,求人数の約67%を小動物臨床が占め,卒業生の約85%が臨床に進む。その中で45.6%が小動物クリニックに就職している。この就職傾向は1992年度卒業生への米国獣医師協会による全国調査の結果とも似ている。獣医師協会の調査では回答者の75.7%が臨床の道を,その中で58.2%が小動物の臨床との結果がでている。彼らは最初のキャリアとして臨床を選んだわけである。このように獣医学部の学生の臨床志向は強いと言える。また学生の志向に応えるだけ社会からの臨床医に対する需要も強い。

 

1 ミネソタ大獣医学部卒業生への求人先,求人数および1997年度卒業生の選択

求人先
求人数()                               
卒業生の進路()
臨床
306(66.8)
58(85.3)
小動物臨床
234(51.1)
31(45.6)
大動物臨床
20( 4.4)
7(10.3)
馬臨床
20( 4.4)
3( 4.4)
全家畜が対象の臨床
118(25.8)
17(25.0)
緊急・集中治療センター
14( 3.1) 0( 0)
動物園・野生動物
2( 0.4)
0( 0)
専門医教育課程
43( 9.4) 5( 7.4)
大学院博士課程
5( 1.1)
2( 2.9)
民間会社
2( 0.4)                             1( 1.5)
その他
0(0)
2(2.9)
458(100)
68(100)

2.獣医本科

 米国の獣医教育は獣医予科と本科に分けられる。予科では一般教養と基礎生物学を学び,3年以上かかる。獣医本科は4年制である。正確に言うと,9月に始まり6月に卒業するので39か月である。

 獣医本科は二つの学位(degree)を学生に授与する。一つは予科課程と本科での2年間の課程終了時に与えられる獣医学士(bachelor of veterinary science)そしてもう一つが獣医ドクター(doctor of veterinary medicine)である。獣医ドクターというのは,米国獣医学協会教育委員会によって認定されている獣医学部での高等専門課程を終了したという学位を持つ人である。国家試験とか獣医免許とは別の次元での学位なので,この本稿では獣医師とは表現していない。

 獣医ドクターの学位を授与できる大学は米国にミネソタ大学を含めて27校ある。この27校はよい意味での競争関係にあり,学生は受験料さえいとわなければ全校受験できる。普通,学生は最低でも複数の獣医学部から入学許可をもらっている。学生は地元にあり授業料が安いというだけでは,入学してはこない。大学には特色のある教育,専門キャリア展開での有利性,教育・臨床・研究での高い評判等,学生にとっての魅力が必要となる。もし教育での評判や評価が落ちれば優秀な学生が集まらなくなる。社会のニーズにあった教育と特色のある授業,優秀な教授陣と新しい技術の取り込み・設備更新をしなければならない。遠い西部や東部の州から来ている学生を見ると私などは単純に,「そんなに遠い所から,来てくれたのか」と嬉しくなる。

 獣医本科の学生はは1年目の9月から3年目の6月で28科目187単位を履修する。時間で考えると90週で1週約40時間であるので,約3,600時間となる。そしてローテーションと呼ばれる56週の臨床コースが始まる。その前に学生は臨床3分野,すなわち伴侶動物,産業動物,ミックスの中から一つを選ばねばならない。それぞれの臨床分野によって必修コースが違うからである。

 

3.臨床教育カリキュラム:ローテーション

 4年目は2週または1週間毎の短期集中の実戦的な各論中心の臨床実習・現場実習となる(2)。この時には学生はこれらのコースの中から,自分の進路に適した2週間の集中コースを25コース選ぶ。他の獣医大学で特色のあるコースを取りにいったり,有名な臨床医の病院や獣医関係の会社で実習を行う。ミネソタ大学では6週間の学外研修がコースの一環となっている。学外で新しい経験を積むと同時に本当に自分でやりたいことを確認する意味でも良いことであり,この学外研修の期間はどんどん長くなると思われる。アイオワ州立大学では16週間まで学外研修が認められている,と聞いている。

 臨床カリキュラムというのは継続的に変化すると言われる。それだけ技術の進歩と社会の変化が早いのであろう。毎年のように新しいコースが創られている。臨床現場の変化に伴って臨床教育は変わる。

 もう一つのこの臨床カリキュラムのよいところは,学生達に自分達の進む臨床での経験と技術の他に,大学の内外で様々な獣医専門分野を経験できることである。自分の考えている進路の見学にもなる。自分の専門分野を経験しながら,近接した分野も広く見られるようになっている。さらに大学外の人間関係も広がる。学生にとって専門キャリアの展開を考えるのに良い機会を与えることになる。

 この臨床ローテーションは1992年のカリキュラムの改善から始まった。各学科の教官代表と2年と3年目の学生代表と副学長からなる委員会によってカリキュラムの改善の大筋が決められた。

 カリキュラム改善の大筋は,講義を聞き試験をパスするという座学を減らし,@小さなグループに分けて,問題解決を自ら学べるようにすること,A学生の進路にあわせた選択の多さと柔軟性,B社会の需要,臨床現場に合わせたコースを創るというものであった。

 基礎のカリキュラムもこれから3年で大きく変わる。「垂直統合コース」というコンセプトで基礎から臨床まで統合するコースが1998年から試行されている。従来の生化学,解剖,病理,薬理,臨床を別々に教えるのでなく,症例の中でグループ学習,発表と討論で学生に主体的に学んでもらおう,というものである。教官は上に立って教えるという立場からそばで誘導するという役割になると聞いている。

 研究部門に行きたい学生のために,獣医ドクターと博士号を両方取れるプログラムができている。獣医ドクターコースの2年目を終わった時点で,博士号コースを始め,博士号取得後,3年目からの獣医ドクターコースに戻るというものである。時間の節約のようで節約にならない,といことで学生の間では不人気である。最近では,獣医ドクターの学位取得後に,レジデントとして臨床専門医を目指しながら博士号も取得しようという欲張りなプログラムもできている。しかし良き専門臨床医であり続けるることと,良き科学者であり続けることのバランスをとることは難しいと思われる。

 

2 本科第4学年の畜種別臨床カリキュラム

◆動物種共通 解剖検査実習,臨床微生物,臨床血液・細胞学,麻酔科,臨床栄養,獣医毒物学
◆小動物関連 小動物外科,小動物内科,小動物臨床繁殖,放射線科,比較眼科・皮膚科,小動物診断学,緊急治療,小動物緊急医学,上級放射線
◆馬 馬スポーツ医学,馬四肢問題,馬四肢治療,馬臨床繁殖,馬上級臨床繁殖
◆大動物特に牛関連 大動物内科,大動物外科,牛外科,大動物診断学,乳牛直検実習,乳牛記録分析・疫学・経営,乳牛臨床繁殖と飼養管理,畜舎デザインと群管理,複胃動物栄養学,応用乳牛栄養学,乳牛群健康管理,乳房炎・ミルカー・乳質,肉牛生産医学,羊・山羊動物群管理
◆豚関連 豚生産システム,養豚経営管理,豚栄養学,豚診断・治療・予防,豚ウイルスと免疫学,豚記録分析・疫学
◆疫学その他 獣医公衆衛生,公衆衛生実習,特殊動物医学,疫学と統計,分析疫学,鶏群管理
◆学外研修

(各地有名病院での研修または他の大学での研修)

141か所(1996年度実績):小動物 80,緊急病院 5,猫専門 4,全家畜種 50,酪農 19,馬専門 19,豚専門 5,動物園 3,水族館 2,鶏専門 5,熱帯動物 5,研究所 5

4.教育のコスト

 完全に親のお金で大学にきているという学生はほとんどいない。自由と独立精神の現れであろうか。授業料はけっして安くはない。ミネソタ州とその近隣州の出身者で年間8,867ドル,それ以外は17,554ドルである(19971998)。日本から留学した場合,年間200万円位が授業料に消えてしまう。ほとんどの学生が何らかの奨学金をもらい,さらにローンを抱えている。本科での2回の夏休みには学資稼ぎのアルバイトを必死でやっている学生が多い。

 

5.ミネソタ大学獣医学部の構成と教育陣容

 獣医学部は四つの学科(departments)からなっている。病理生物学科,小動物臨床学科,大動物臨床疫学科,獣医診断医学科の4学科である。病理生物学科は基礎系をひとまとめにしたものである。内科や外科とかいう講座というか研究室はないがが,教官ごとのラボがある。さらに附属して病理診断研究所(diagnostic lab)と獣医病院がある。

 1996年度実績で教官(faculty)91名,研究員系スタッフ37名,テクニシャン・秘書系が217名であった。学長の他に3人の副学長が中枢管理部門となる。そのうち臨床系の教官は46(51)を占め,小動物臨床学科と臨床疫学科に所属する。

 

6.臨床教育と大学病院

 獣医病院は臨床教育の実践の場でもある。本科の学生は1年目から病院の24時間緊急病院体制に組み込まれている。授業の終わった後や休日には当番が回ってくる。電話の受け答えから緊急医への連絡,応急処置までを実戦で学ぶ。病院での小動物治療実習が始まると男子学生はネクタイ着用,女子学生もそれに類した服装が義務づけられている。

 1996年度実績で,獣医学部病院には小動物関係で18,835例,大動物関係で2,256例の動物がやってきた。種別でいうと犬14,403(68),猫4,661(22),馬1,564(7),牛492(2)であった。約30%が一般病院からの照会で大学病院にきている。来院数はこの4年間で10%以上伸びている。さらに農場往診があり,1年間で延59農場に出かけている。多くの動物種にわたって多くの症例が集まることで,学生にとって大学病院は訓練と実践の場を提供し,臨床教育に重要な位置を占めている。

 

7.卒後専門教育−インターンとレジデント

 獣医学生への学内教育だけが大学教育ではない。獣医本科卒業後,さらに専門医を目指す獣医ドクターがいる。期間はそれぞれ1年と3年である。獣医の専門技術(art)を目指す人達である。彼らに先進的かつ高度な臨床と診断のトレーニングの機会を供給することは,ミネソタ大学獣医学部の大切な使命の一つである。1997年度は7名の臨床インターンと6名のレジデントを抱えた。他の米国またはカナダの大学から採用される例が多い。彼らは大学病院で専門臨床をしながら獣医専門医の認定を取得する。獣医附属病院での実際の臨床はこのインターンとレジデントが大活躍する。

 

8.卒後教育とイクステンション

 臨床に進んだ獣医ドクターは常に知識と技術を新しくしていく必要がある。卒業後どのような道を進もうと,獣医ドクターという専門職を選んだ以上,時代の進歩についていく向上心は必要である。新しい獣医科学の方法と知識を,雑誌・講演・ワークショップの活動を通じて広めることは大切な大学の使命である。

 また,州での獣医免許を維持するためには,指定された教育機会に参加し,卒後教育単位を取り続けなければならない。各州で違うが,ミネソタ州では州の獣医免許維持のためには,2年間で40単位の卒後教育単位を取らねばならない。大学はそのための教育機会をつくっている。

 卒業後も獣医ドクターは自分のキャリアを探っている。小動物から大動物へ,またはその反対の方向,臨床医から獣医・畜産関係の会社に就職する人もいる。さらなる専門技術の向上を目指すもの,キャリアを変えようとする獣医ドクターのためにも,大学は卒業後の専門教育を供給しており,年に数回の研究会やワークショップを主催している。大部分は獣医師向けの動物種別の小会議である。

 その会議は豚,犬・猫,馬,羊,野鳥などの分野に分かれ,その時どきの最新トピックや技術についての講義と実習となる。今年のエクステンションの行事例を挙げる(3)。日本からでも参加できる。こういう学会や研修会は,大学の評価を上げるのに貢献すると同時に大学の収入源ともなる。研修会または学会参加費用は50400ドルほどである。

 表3で特筆すべきは,リーマン養豚学会である。これは1974年に養豚関係の臨床獣医の卒後教育を目指して始まったものである。現在は国際学会となり,全米のみならずカナダ,メキシコそして中南米,ヨーロッパ,アジアからも参加者があり,ミネソタ大学獣医学部の看板となっている。酪農分野でも同様な主旨の学会がある。

 それぞれの研究内容は主に二つである。その年の獣医臨床で最も大切と考えられることを,最も詳しい人に総説してもらい,いかに応用するか討論すること。さらに準備委員会によって決められたいくつかのテーマについて,臨床医を中心に最近の知見の臨床応用について討論する。

 普通の研究学会のように研究の抄録を投稿してもらい,審査し発表者を決めるという学会ではない。講師はミネソタ大学の準備委員会の指名である。準備委員会の企画力と臨床現場の把握が大切で,臨床応用のないテーマと講師を選ぶと,臨床医から激しい非難を浴びることとなる。大学の教官も発表するが,臨床応用まで言及することを求められる。

 

9.卒後教育−パートタイムの大学院修士課程

 ミネソタ大学は大学卒業後も働きながら学べる大学院の修士課程も設けている。2週間単位の集中講義で必要単位を取り,後は仕事に密着した研究テーマを選んで論文にする,というものである。このパートタイムの大学院で新しい知識・技術・ネットワークを身につけ,昇進したり自分のキャリアを変えて転職に成功した人も何人か見た。ただパートタイムの大学院生だけに,時間は3年以上かかってしまう。この大学卒業後のパートタイムでの大学院の修士課程というのは,新しいキャリアの展開やネットワークをつくるのに適していると思われる。

 時代の移り変わりとともに獣医ドクターに求められる技術と知識も多様化,かつ特殊化しています。さらに卒業時に決めた専門分野で一生過ごす人も少ない。これからの大学は卒業後教育がますます重要になる。

3 ミネソタ大獣医学部主催または協賛の獣医ドクターのための卒後教育(1998) 

ミネソタ州獣医学会講義シリーズ

124日 猫の各種心臓病

18日 胃留置チューブの技術

212日 老年性排尿障害

35日 最新の薬剤

42日 ショックに対する戦略

57日 最新の犬遺伝学

ミネソタ大学・学外講義シリーズ

(キャンパス外の3地方都市で開催)

16日,23日,33日 猫心臓病,X線症例,犬の繁殖管理

18日,212日,312日 行動管理,瘻管の治療,老犬・大型犬・ガンの犬への栄養

127日,224日,324日 予防行動,猫呼吸器と泌尿器問題,骨折の特殊例と瘻管

257日 ミネソタ獣医師協会セミナー

酪農臨床・卒後教育シリーズ

18日,115日 酪農栄養学:フェーズに合わした栄養設計

217日,219日 最新酪農繁殖学

310日,312日 最新酪農栄養学

318日,325日,43日 酪農経営に役立つコンピュータ表計算応用

ミネソタ大学・学内講義シリーズ

(キャンパス内で開催)

19日 エルク鹿の健康管理と繁殖

117日 犬の神経学

22122日 馬・牛用超音波実習ショートコース

31314日 馬四肢問題研究会

318日 春期講義:新しい医学情報

329日 犬による咬みつき事故の予防

43日 馬四肢問題セミナー

51921日 ミネソタ酪農健康管理学会:酪農臨床臨床に役立つ最新の知見を発表

720日 夏期講義シリーズ(内容未定)

91823日 リーマン養豚学会:豚臨床に役立つ最新の知見が発表され,世界中から養豚獣医師が集まる

92123日 ミネソタ栄養学会:各畜種の最新トピックを総説するセミナー

121011日 養豚研究会:大学の研究成果を各地の獣医ドクターと討論

10.教官側の問題

 研究大学(research university)の一学部として一般獣医学から生物医学そして分子生物学への領域拡張が求められている。そのため基礎研究,とくに臨床に戻って来にくい分野での基礎研究が増え,臨床が苦手な教官の数も増えてきている。新しい基礎科学の分野と従来の動物臨床分野とのバランスの取り方が,獣医学部としてますます困難になってきている。さらに臨床現場を知り臨床に強い教官は産業界に引き抜かれやすい,という問題もある。最近は協力プロフェサー(adjunct professor)という名で有名臨床医に臨床面での協力してもらう,という試みも行っている。

 

最後に

 卒業生の動向から見て,米国獣医学部の教育は臨床中心であり米国の獣医ドクターは獣医科学者でなく,獣医臨床のドクターであると思う。

 多様化する内部・外部の要望のなかで,大学活動を通じて,それぞれの大学が教育し社会にだしている獣医師はどんな分野に進出しているのか,どんな獣医人生を送っているのか,社会の獣医師に対するニーズは何なのかを知り,臨床教育を位置づける必要がある。

 日本を離れているので日本の獣医臨床教育の現状は詳しくなく,助言・提言などという大きなことはできないが,本稿が日本の獣医系大学の臨床教育のさらなる発展に少しでも寄与できればと願っている。

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