東京大学 獣医内科学教室 本文へジャンプ

 獣医内科学教室の歴史
 獣医内科学教室は家畜内科学・外科学第1講座として明治26年(1893年)に開設されたのが始まりであり、現在この伝統ある教室は116年目を迎えている。教室開設当初は勝島仙之助教授が初代担任となり、以後板垣四郎教授、大越伸教授、臼井和哉教授、友田勇教授、長谷川篤彦教授が 担任され、現在は辻本元教授が第7代教授としてその任務を引き継がれている。

 勝島仙之助教授は、近代獣医学教育の黎明期に、外国人教師ヤンソンの薫陶を受けて獣医学を修め、我が国獣医学の礎石を築いた。獣医学は勿論のこと日本全 体が近代化の波に直面していた時代に、官民にわたって獣医内科学の発展に貢献するとともに、内科学教育の原点ともいえる「家畜内科学」を著している。
 勝島退官後は、勝島のもとで研鑽した板垣四郎教授が教室を司り、内科学教室の発展に精進した。板垣教授は内科学のなかでも寄生虫病についての研究を深め た。特に鶏回虫、犬鞭虫の生活環を研究されるとともに、犬糸状虫の生活環の研究・解明を行い、その駆除を開拓したことからも獣医学への貢献度の高さが窺わ れる。板垣の慈育をうけた大越は、やはり寄生虫病に関する研究を引き継ぎ、なかでも日本住血吸虫の診断法の開発をはじめ本症の撲滅に大きく貢献した。また 臨床教育の重要性を強調し、旧家畜病院の建設や診療の充実に力を注ぎ、現在の内科臨床の基盤を築くこととなった。この頃は戦後の混乱期から高度成長期にか けての激変の社会であり、教室の歴史においても激動の時代であった。
 大越退官の後の1年は外科学教授の幡谷正明が兼任することとなったが、その後当時獣医大学として世界の最高峰とされていたコーネル大学で客員教授を務め た臼井和哉が担任教授として最新の生化学的知識と内分泌疾患、代謝病への造詣を基に内科学の発展を推進した。また臨床を通して牛病対策に心血を注ぎ、我が 国牧野の問題解明、生産病の対策の普及などにおいても指導的役割を果たした。臼井教授時代は、助教授友田勇が病態生化学、助教授本好茂一が内分泌・代謝 病、助手長谷川篤彦が感染症・免疫疾患の研究をそれぞれ推進し、現在へと続く多様性の時代を迎え始めた時期ともいえる。
 臼井教授退官後、友田勇教授が担任となり、血清蛋白分画に関する研究を発端として、血液化学の分野で多くの業績を挙げた。特に臨床検査ないし検査診断学の重要性を力説して診療を科学的に行うよう腐心し、この姿勢は現在の内科学教室にも受け継がれている。
 その後、大越の訓育を受け、臼井・友田の指導を受けた長谷川篤彦教授が教室を指揮することとなる。長谷川教授は真菌症をはじめとした各種感染症の対策、 発癌機構の解析、免疫異常の解明など極めて広範囲におよぶ研究を展開した。長谷川教授時代(平成3年)に旧家畜病院が、現在の内科臨床の場となるベテリナ リーメディカルセンターとして新築され今日に至っている。またこの時期に分子生物学が勃興し、当時助教授であった辻本元の尽力もあって獣医臨床にける分子 生物学の応用を世界に先駆けて推進していくこととなった。現在の辻本教授および構成員の活躍は別項をみていただきたい。

 以上内科学教室の100余年に及ぶ歴史を簡単に振り返ってみたが、先輩たちが培った歴史と伝統の重さを感じずにはいられない。獣医内科学の対象とする動 物種は増加し、疾病は広範多岐におよび、その診断技術・治療技術は高度化の一途をたどっている。また獣医学への社会的要請も極めて高まっている。これらを 鑑みるとき、当教室が臨床・教育・研究のいずれにおいても今後ますます発展していかねばならないことを痛感する。

文責:大野耕一准教授