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<1.哺乳類におけるケミカルコミュニケーションに関する研究>

 多くの社会行動は、ケミカルコミュニケーションによって成り立っていることが知られています。例えば我が子を認識することによって示す母性行動、雌雄を判別することによって示す性行動や、縄張りに侵入した個体を識別することによって示す攻撃行動などは、その大部分がケミカルコミュニケーションによって適切に発現されていることが明らかとされています。これら同種間のコミュニケーションに使用される物質、すなわち他個体に作用してある特定の反応を引き起こす物質はフェロモンと呼ばれています。
 現在、視床下部GnRHニューロンに作用するヤギの“雄効果”フェロモン、仲間に不安反応を引き起こすラットの“警報”フェロモン、そして仲間のストレスを緩和するラットの“安寧”フェロモンに着目し、それぞれのコミュニケーションの全容解明に取り組んでいます。
 また、これらの研究によって得られた知見は実験動物に限られたものではないことを調べるために、野生ネズミを用いた研究も行っています。彼らの恐怖反応や不安反応も同じ脳部位の働きによって生み出されているのか、彼らにもフェロモンが作用し不安反応を引き起こしたり、ストレスを緩和したりするか、などを調べています。
 このような研究を通じて動物たちのこころを理解することを目指しています。




季節繁殖動物であるヒツジやヤギなどでは非繁殖期の雌の群れに雄を導入すると、雌の卵巣活動が賦活することが古くから知られており、雄効果と呼ばれています。この効果は雄の被毛だけでも再現できることから、フェロモンを介したものであることが推定されてきました。
 雌の性腺活動は、脳の視床下部より周期的(パルス状)に分泌される性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)のパルス頻度によって調節されていることが知られています。そしてこのパルス頻度は、GnRHニューロンの上位に存在するGnRHパルスジェネレーターという神経機構によって決定されていると想定されていました。そこで私たちは、パルスジェネレーターが存在すると考えられている脳領域へ電極を設置し、複数ニューロンのユニット活動(MUA)を計測したところ、活動の一過性上昇(MUAボレー)がパルス状に観察されました。そして、雄ヤギの被毛を嗅がせると即座にMUAボレーが誘起されたことから、MUAボレーの誘起を生物検定系の指標として用いることができると考えました。

フェロモン物質を同定しました!:
これまでの研究より、オスヤギ被毛中に含まれる4-エチルオクタナールがフェロモン物質であることを同定しました。[研究要旨]
また本研究成果は、様々な記事にて紹介されました。
日本語による紹介。[東京大学プレスリリース][UTokyo Research][サイエンスポータル]
英語による紹介。[UTokyo Research][Counsel & Heal][Discover][Discovery News][EurekAlert!][International Science Times][LiveScience][National Geographic][Nature][Phys.org][Science]

現在、以下のような研究を継続中です!

フェロモンの産生機構の解明:
これまでの研究より、フェロモンがアンドロジェン依存性に産生されることが明らかとなったため、さまざまなフェロモン産生、非産生実験モデルを使ってサブトラクション法を適用し、フェロモン産生部位にて特異的に発現する遺伝子群を特定しています。また、フェロモンをin vitroで産生させることを目的にシバヤギ皮脂腺の培養系を確立しています。

フェロモン受容機構の解明:
フェロモン受容体のクローニングから中枢作用機構に関する研究まで幅広く実験を進めています。

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 古くから、「一度ネズミがかかったネズミ捕り器には、二度とネズミがかからない」ということは知られていましたが、長らくその理由は謎のままでした。私たちはこの現象について、ネズミ捕り器にかかったネズミが嗅覚シグナルを使って危険を他個体に伝えていると考えました。このような嗅覚シグナルは哺乳類にとって重要なシグナルだと考えられ、動物種によっては警報フェロモンと呼ばれています。ラット警報フェロモンに対する解析を行った結果、このフェロモンはストレスを受けたラットの肛門周囲部から放出され、受け取ったラットの不安を増大させることで状況に応じた行動や自律機能の変化をもたらすことを明らかにしました。

フェロモン物質を同定しました!:
危険を伝える匂いに含まれる4メチルペンタナール(4-methylpentanal)とヘキサナール(hexanal)の2種の混合物が、それを嗅いだラットの不安を増大させるフェロモンであることを明らかにしました。[研究論文]
また本研究成果は、様々な記事にて紹介されました。
日本語による本論文の紹介。[東京大学プレスリリース][UTokyo Research]
英語による本論文の紹介。[UTokyo Research][Chemical & Engineering News][Science News]

現在、以下のような研究を継続中です!

フェロモン受容機構の解明:
4メチルペンタナールは鋤鼻上皮で、またヘキサナールは嗅上皮で、それぞれ受容されることが示唆されています。ヘキサナールの受容体は既知である一方で、4メチルペンタナールは新規物質のためその受容体が明らかとなっていません。現在、鋤鼻上皮に発現するV1R受容体に着目し、4メチルペンタナールの受容体を同定することを目指しています。

フェロモンの中枢メカニズム解明:
鋤鼻系からの4メチルペンタナールを受容したという情報と、主嗅覚系からのヘキサナールを受容したという情報の、2つの情報が揃うことで初めて不安と関連すると考えられている分界条床核が活性化することが明らかとなっています。現在、この2つの情報が統合されるメカニズムを検討しています。

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 多くの哺乳類では、同種の個体がそばにいるとストレスが軽減されることが知られており、ストレスの社会的緩衝作用(Social Buffering)と呼ばれています。この様な現象は母子や夫婦をモデルとしてこれまで研究されてきましたが、ラット、ヒツジ、ウシ、サルや私たち人間では、同性の仲間の間でも同様の現象が観察されることが近年明らかとなってきました。我々はこの現象に着目し、ラットを用いて研究を進めた結果、ケミカルコミュニケーションの関与が明らかとなってきました。すなわち、ストレスを受けていないラットはその体表から安寧嗅覚シグナルを放出し、放出されたシグナルは主嗅覚系を介してシグナルを受け取ったラットの扁桃体を抑制することで、ストレスを緩和しているのです。

現在、以下のような研究を継続中です!

安寧嗅覚シグナルの同定:
安寧嗅覚シグナルに含まれている、ストレスの社会的緩衝作用を引き起こす分子の同定を目指しています。また、安寧嗅覚シグナルがどこから、どのようにして放出されているかを検討しています。これらの研究過程で、安寧嗅覚シグナルはフェロモンの定義を満たす“安寧フェロモン”であるかが明らかとなると期待されます。

安寧嗅覚シグナルの中枢作用メカニズム解明:
行動神経科学的手法や電気生理学的手法を用いて、主嗅覚系で受容された安寧嗅覚シグナルが扁桃体の活性化を阻害する神経メカニズムを解析しています。

社会的緩衝作用の解析:
動物は進化の過程で社会的緩衝作用を受けるようになったため、他個体と一緒に過ごす時間が増え、結果として社会行動を発達させ、群れを形成するようになったと考えられます。このような観点から、なぜラットは社会的緩衝作用を示すのか、社会的緩衝作用を引き起こす仲間とは何か、などの「大きな問い」に答えるために、in vivoとin vitroの両面から様々な研究を行っています。

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