繁殖を支配する脳内メカニズムの核心に迫る

 当研究室では、繁殖を支配する脳内メカニズムの解明を目指しています。哺乳類の繁殖を制御する視床下部−下垂体−性線軸の頂点に立つ「キスペプチンニューロン」の調節メカニズムを中心に、以下のアプローチで研究を行っています。

●視床下部−下垂体−性線軸とキスペプチンニューロン

 性線(卵巣と精巣)における卵胞発育と精子形成は、下垂体が分泌する性腺刺激ホルモン(LHとFSH)により促進されます。LHとFSHは血中にパルス状に分泌され、これを誘起するのが性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)パルスです。視床下部のGnRHニューロンからGnRHがパルス状に分泌されるメカニズムは長らく不明でしたが、近年、視床下部弓状核に存在する「KNDyニューロン」がGnRHパルスの発生中枢であることが示唆されています。KNDyニューロンはキスペプチン(kisspeptin)、ニューロキニンB(NKB)、ダイノルフィンA(Dyn)の3種類の神経ペプチドを分泌するニューロンで、キスペプチンはGnRHニューロンに作用してGnRH分泌を引き起こす作用、NKBはKNDyニューロン自身に作用してGnRHパルスを促進する作用、DynはGnRHパルスを抑制する作用があることが明らかになってきました。
 一方、雌に特有の生理機構として「排卵」があります。十分に成熟した卵胞中の卵母細胞は排卵によって卵巣外に放出され、卵管をへて子宮に到達し、妊娠が可能となります。排卵を誘起するのはLHのサージ状(大量の一過性)分泌であり、LHサージはGnRHサージによって誘起されます。これまでの研究から、GnRHサージの発生はKNDyニューロンより前方(視床下部 視索前野、前腹側室周囲核 等)に存在するキスペプチンニューロンに支配されていることが示唆されています。

●GnRHパルス発生メカニズムの解明

 GnRHパルスを促進するNKBの受容体はKNDyニューロンに存在し、NKBはオートクライン/パラクライン的にKNDyニューロンに作用してその活動を促進していると考えられています。一方、Dynの受容体であるkappa opioid受容体(KOR)が局在するニューロンは明らかになっていません。私たちはKOR発現ニューロンを明らかにすることを目的として、KOR発現細胞を緑色蛍光タンパク質(GFP)により可視化したトランスジェニックラット、saporinによりKOR発現細胞を特異的に破壊したラット等を作製し解析を進めています。

●GnRH/LHサージ発生メカニズムの解明

 キスペプチンニューロンによるGnRHサージ発生メカニズムの多くが未だ謎に包まれています。私たちは、ウシと同じ反芻動物であるヤギを実験モデルに用いて、排卵を制御するGnRH/LHサージの発生メカニズムを解析しています。キスペプチンニューロン=GnRH/LHサージ発生中枢であることを証明するため、ゲノム編集技術を用いてKiss1遺伝子座を改変したヤギの作成を目指しています。また、ヤギキスペプチンニューロン不死化細胞株の樹立とその細胞株を用いたキスペプチンニューロン制御因子の探索を進めています。

●性行動中枢の性分化を誘導するメカニズムの解明

 私たちの研究グループで作出に成功したKiss1ノックアウトラットは、性腺刺激ホルモンが分泌されないためオスもメスも不妊になります。Kiss1のノックアウトは性行動にも影響していました。Kiss1ノックアウトラットのオスは、テストステロン処置をしてもオス型の性行動を示さない一方、エストロジェン処置をするとメス型の性行動を示します。このことは、性行動を支配する中枢のオス化および脱メス化にはキスペプチンが必須であることを示しています。脳の性分化メカニズムを解明するために、Kiss1ノックアウトラットを用いて研究を進めています。

●繁殖中枢を制御する脳内エネルギーセンシングメカニズムの解明

 

繁殖を支配する脳内メカニズムを応用する

 上記で得られた基礎的知見をもとに、家畜、野生動物、動物園動物等の繁殖制御技術の開発を目指しています。

●家畜における繁殖促進剤の開発

 家畜の生産性を向上するためには、繁殖効率を上げることが必須です。しかし、ウシの受胎率は低下の一途を辿り、畜産上の最も重要な問題となっています。私たちは基礎的研究によって明らかにした繁殖を支配する脳内メカニズムを家畜の繁殖刺激に応用し、これまでにないメカニズムで作用する新たな繁殖促進剤を開発することを目指しています。NKB-NK3Rシグナリングの促進あるいはDyn-KORシグナリングの抑制が、KNDyニューロンを活性化し卵胞発育を促進するかを、ウシ、ヤギ、ブタなどの家畜を用いて解析しています。

●野生動物(シカ、サル)および動物園動物(モルモット、イルカ、アシカ)における繁殖

 家畜とは反対に、野生動物や動物園動物では過剰な繁殖や性ホルモンが誘起する攻撃行動が問題となっており、繁殖抑制剤(避妊薬)の開発が望まれています。NKB-NK3RシグナリングやDyn-KORシグナリングがKNDyニューロンの活動を制御するメカニズムを利用した繁殖抑制剤の開発を目指し、実際にシカ、サル、モルモット、イルカ、アシカを用いた解析を進めています。

雌ウシの繁殖機能を刺激する雄ウシ由来フェロモンの探索

 

哺乳類の排卵数を支配的に決定する新たなメカニズムの解明

 哺乳類では性周期ごとに多数の卵胞が発育を開始しますが、排卵に至る卵胞はごく一握りであり、その他の卵胞は発育途中で死滅します。排卵まで至る卵胞数=排卵数はウシ、ウマ、ヒト、サルで1個、ヤギやヒツジでは1〜3個、ブタでは10個程度と、動物種によって決まっていますが、その調節メカニズムには不明な点が多く残されています。私たちはヤギやウシの卵胞サンプルを用いて、排卵数を支配的に決定する新たな因子の探索を進めています。