研究内容


腫瘍班

  • 最近の主要プロジェクト
  • ● 犬固形腫瘍に対する併用CAR-T細胞療法の開発( 科研費 基盤A 2024-28年度)
    ● 犬悪性黒色腫のリバースモデリングによる転移阻害療法の開発 ( 科研費 挑戦萌芽 2023-24年度)
    ● 犬腫瘍に対する個別化併用がん免疫療法の開発 ( 科研費 基盤A 2023-27年度)
    ● バーチャルリアリティを用いた体験型獣医外科手術教育法の開発 ( 科研費 挑戦萌芽 2021-22年度)
    ● 犬固形腫瘍に有効なCAR-T細胞のシグナル分子の解明 ( 科研費 国際B 2020-23年度)
    ● 犬固形腫瘍に対する低コストかつレディメイドで適応可能なCAR-T細胞製剤の開発 ( 科研費 基盤B 2020-23年度)
    ● 犬膀胱癌の分子異常に着目した新規複合免疫療法の確立 ( 科研費 基盤B 2020-22年度)
    ● 腫瘍特異的糖鎖修飾を標的とした腫瘍細胞と腫瘍関連線維芽細胞に対する新たな抗体療法 ( 科研費 挑戦萌芽 2019-20年度)
    ● TIL療法の限界を克服する~メトホルミンを用いた代謝調節によるT細胞若返りの試み ( 科研費 挑戦萌芽 2019-20年度)


  • 獣医腫瘍研究ツールの開発
  •    実験環境で生育可能な腫瘍細胞株は、腫瘍細胞の分子背景の解析や新しい治療法の開発に必須のツールです。腫瘍細胞株の様々な薬剤を添加した際や遺伝子の発現を調整した際の反応性を検証したり、腫瘍細胞株移植マウスへ薬剤を投与した際の効果を検証したりすることで、臨床症例の解析のみでは得られない貴重な情報を得ることができます。 これまでに、たくさんのヒトやマウスの腫瘍細胞株が樹立され、多くの研究成果を挙げてきました。しかし、犬猫の腫瘍細胞株はその種類や数が少なく、獣医学領域における腫瘍研究の制約の一つになってきました。私達は、犬猫の腫瘍研究において必須である犬猫の腫瘍細胞株を樹立し、それらを利用した研究を進めています。さらに、それらの細胞株は私達の研究室のみでなく、世界中の研究機関に分与され、犬猫の腫瘍研究に貢献しています(文献報告多数)。

    【研究室で樹立してきた細胞株】
    犬乳腺癌細胞株(CHMp, CHMm, CIPp, CIPm, CNMp, CNMm, CTBp, CTBm)
    犬乳腺癌高悪性度クローン細胞株 CHMp-5b
    犬乳腺癌低悪性度クローン株 CHMp-13a
    猫乳腺癌細胞株(FMCp1, FMCp2, FMCm, FKNp, FNNm, FONp, FONm, FYMp)
    犬悪性黒色腫細胞株(CMM1[Pu], CMM2[Mi], CMeC1, CMeC2, KMeC, LMeC, CMM7, CMM8, CMM9, CMM10, CMM11, CMM12)
    犬骨肉腫細胞株(CHOS, HOS, OOS, POS, HMPOS)
    犬肥満細胞腫細胞株(CM-MC, CoMS, VI-MC)
    犬膀胱癌細胞株(Sora, Love, TCCUB, Nene)
    犬前立腺癌細胞株(EPC)
    犬肺腺癌細胞株(Gen)
    犬消化管間質腫瘍(13020)
    犬腎芽腫(Peace, 12041)

  • 臨床サンプルの解析
  •    犬猫の腫瘍の病態解明や治療標的の同定を目的に様々な手法を用いた解析(次世代シークエンサー(RNAseq,scRNAseq,WESなど)やドラッグスクーリーニングなど)を進めています。例えば、犬乳癌細胞株を用いた網羅的遺伝子発現解析では、炎症に関わるNF-kBシグナルの異常を同定し、治療法の開発に取り組んできました。犬膀胱癌細胞株を用いた300種以上の阻害薬ライブラリーによる解析では、増殖シグナルの異常や抗腫瘍免疫抑制分子制御機構、代謝異常、エピジェネティック異常【図】などを同定するに至り、現在詳細な解析を進めています(PlosOne 2019)。さらに、様々な腫瘍種を対象として、遺伝子発現解析と免疫染色解析を組み合わせることで、HERファミリーやグリピカンファミリー、ポドプラニンの異常発現を発見し、病態を解明するとともにそれらを標的とした治療法の開発に取り組んでいます(Cells 2020, JVMS 2019,2020など)。
       また、犬猫の腫瘍の早期診断を目的にリキッドバイオプシーを利用した診断法の確立にも取り組んでいます。他大学や企業と共同で、血液検体中のマイクロRNA(miRNA)や微量元素の解析を行い、腫瘍罹患犬特異的なマーカーの探索に取り組んでいます。近年の成果として、犬膀胱癌症例の尿検体を用いて腫瘍細胞が保有するBraf遺伝子変異の有無を簡便かつ高精度で特定できる検査系(Digital PCR法)を確立し、共同研究企業共に上市し、多くの獣医師が知る検査系として普及しています【図】(株サンリツセルコバ BRAF遺伝子検査[関連リンクはこちら]





  • 免疫・炎症・血管新生の腫瘍進展への関連の解析
  •    私達は臨床検体の解析を通して、症例犬の抗腫瘍免疫応答や炎症により促進される血管新生・上皮間葉転換(転移や治療抵抗性に関与)が症例の予後を規定する重要な因子であることを明らかにしてきました。それらの知見に基づき、現在は免疫・炎症・血管新生を標的とした犬腫瘍の病態解明や治療法の開発に取り組んでいます。 腫瘍症例では、体内の免疫細胞が悪性腫瘍を「敵」として認識し攻撃する機構、いわゆる抗腫瘍免疫が働いていることがわかっています。私達の研究においても腫瘍組織内に浸潤している腫瘍浸潤リンパ球と症例犬の予後の関連がわかってきました。そこで、生体の免疫細胞を利用した様々な免疫療法の開発に取り組んできました。そのための戦略として、免疫細胞が腫瘍を認識し攻撃できるように、症例の体外で教育・活性化する方法と症例に薬剤を投与し、症例の体内で教育・活性化する2つの方法に取り組んでいます。前者の戦略は、腫瘍内に浸潤し腫瘍を認識できる抗腫瘍T細胞を直接体外で活性化・増幅し投与する治療法(TIL療法)や末梢血由来のT細胞を体外で遺伝子改変により教育し腫瘍を認識できるようにした後に投与する遺伝子改変T細胞療法(CAR-T細胞療法)です【図】。後者の戦略は、NK細胞を教育する抗体を症例に投与する抗体療法や腫瘍細胞由来の抗腫瘍免疫抑制分子を遮断し、抗腫瘍免疫細胞を体内で活性化する治療法です【図】。さらに、それらを組み合わせ、症例ごとに最適な治療方法の提案を目指した個別化複合免疫療法の確立を目指しています





       CAR-T細胞療法や抗体療法では、正常細胞では発現せずに、犬の腫瘍細胞で特異的に発現している表面分子(腫瘍抗原)を同定し、それらを標的に開発を進める必要があります。発現している腫瘍抗原の種類や量は腫瘍種によって異なることから、それぞれ腫瘍に対して最適な標的を同定する必要があります。私達はこれまでに、犬の肛門嚢腺癌、肺癌、膀胱癌、甲状腺癌、骨肉腫、乳腺腫瘍、悪性黒色腫において、HERファミリーの分子が高発現していること、扁平上皮癌や悪性黒色腫、膀胱癌を始めとしたいくつかの癌腫でグリピカンファミリー、ポドプラニン分子が高発現していることを同定してきました[東大プレスリリース]。現在、これらを標的としたCAR-T細胞や抗体薬を開発しています。グリピカン1特異的CAR-T細胞はマウスモデルでの有効性と安全性を確認し、現在、犬CAR-T細胞の抗腫瘍効果を検証しています【図】(eLife 2020)。抗ポドプラニン犬キメラ化抗体は症例犬における臨床試験を行い有効性を報告しました(cells 2020)。さらに、これらの薬剤の治療効果を増強するために、CAR-T細胞のベクターの改良(アメリカ ペンシルバニア大学との共同研究)やCAR-T細胞の生体内での詳細な抗腫瘍機序の解明や併用薬の検証(京都大学医学部との共同研究)、抗体薬のフコース除去による細胞傷害活性の増強や薬剤付加によるドラッグデリバリー技術を用いた抗腫瘍効果の増強(東北大学医学部との共同研究)など、既存技術を用いた開発にとどまらず、さらなる治療効果増強を目指した挑戦的な研究に取り組んでいます。





       腫瘍細胞由来の抗腫瘍免疫抑制分子を同定するために、私達は犬膀胱癌細胞株と正常細胞株や他の腫瘍種由来の細胞株において発現している分子を比較し、犬膀胱癌で特異的に高発現している抗腫瘍免疫抑制分子の候補として、PGE2、IDO、PD-L1を同定してきました(JVMS 2020,2021, Vet J 2017など)。臨床検体の解析では、PGE2の合成阻害薬である非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用している症例において、腫瘍内の抗腫瘍T細胞浸潤が顕著に増加していることがわかり、臨床症例においてもPGE2を介した抗腫瘍免疫抑制機構が重要であることが示唆されています。犬膀胱癌におけるPGE2産生機構を明らかにするために、樹立した細胞株を用いて、PGE2産生を指標に阻害薬ライブラリーによる解析を行ったところ、犬膀胱癌が高率に保有するBraf遺伝子変異が責任分子であることを発見しました【図】(Sci Rep 2020)。現在、IDO阻害剤やBraf阻害剤により、NSAIDsに勝る抗腫瘍効果が得られるか検証を進めています




       腫瘍細胞は自身の増殖のために、様々な免疫関連分子や血管新生分子を放出することで、周囲の微小環境に働きかけ、抗腫瘍免疫細胞の抑制や腫瘍促進性免疫細胞の誘導、腫瘍細胞の転移や治療抵抗性に関与する上皮間葉転換の誘導、腫瘍の栄養供給を担う血管新生の誘導など様々な悪性形質を獲得しています。私達が同定してきた犬膀胱癌で高発現するPGE2もその一つであり、上述した抗腫瘍免疫の抑制以外にも、様々な機序で腫瘍促進的な腫瘍微小環境を構築していると考え、現在研究を進めています。その他の腫瘍微小環境の調整因子として、犬乳腺腫瘍において、TGFbなどの炎症性サイトカインが犬乳腺腫瘍細胞株に上皮間葉転換を誘導すること(Res Vet Sci 2014)、さらに、臨床検体の解析からも上皮間葉転換マーカーを多く発現している症例では、転移など腫瘍の悪性挙動と関連していることを明らかにしてきました(JVMS 2014)。これらの知見をもとに、詳細な機序の解明とそれらを標的とした治療法の開発に取り組んでいます。このように、犬猫の腫瘍では免疫・炎症・血管新生などの腫瘍微小環境の因子が悪性形質や治療成績に関与しており、それらを解明し治療標的を探索してくことが重要であると考えています。



  • 基礎研究で得られた結果に基づいた臨床応用(トランスレーショナルリサーチ)
  •    私達の研究の最終目標は、研究成果により犬猫症例たちの診断・治療成績を向上し、少しでも多くの犬猫が腫瘍に苦しむことのない獣医療を提供することです。さらに、その過程で得られた知見が、科学や医学分野の発展につながれば、尚良いことであると考えています。従って、全ての研究で臨床応用を目指しています。これまでにも、いくつかの基礎研究成果を症例犬猫で検証することに成功してきました。さらに、症例犬猫での検証はゴールではなく、その結果を基礎研究に還元することで、さらなる研究の発展へとつなげられます。このように私達は、臨床情報より得られた課題に対する基礎研究を行い、その成果を用いて臨床症例で検証し、そこから得られた情報をもとに、さらに研究を推し進めていく、トランスレーショナル研究(橋渡し研究)という方針で研究に取り組んできました【図】。




       その成果として、臨床症例での検証にまで至っている研究をいくつかご紹介します。前述した、犬膀胱癌・前立腺癌が高率に保有するBraf遺伝子変異に着目して早期診断技術の確立にも取り組んでおり、デジタルPCRという技術により検出する新規検査系を確立しました。従来の細胞診などの病理学的検査のみでは、判定に苦慮する症例においても、本手法を組み合わせることで高い精度で犬膀胱癌・前立腺癌の診断が行えるようになりました。現在は附属動物医療センターでの症例犬での検証を終了し、(株)サンリツセルコバより一般受託検査として上市しています(参考リンク)。これまで結果では、約7-8割の犬膀胱癌・前立腺癌がBraf遺伝子変異を保有しており、本検査法が有用であることがわかっています。






       手術による腫瘍の完全切除では、原発腫瘍のみでなく、腫瘍が最初に到達するリンパ節であるセンチネルリンパ節を特定し、腫瘍の転移の有無を診断し、それらを摘出することが重要です。しかし、術中にセンチネルリンパ節を簡便かつ高精度で特定できる手法がなく、獣医学領域では精度の低い手法に、医学領域では煩雑な手法に、頼らざるえないといった課題があります。私達は、東京大学工学部などとの共同研究により、トレーサーとして磁気粒子を用い、それらを高精度で検出できるプローブの開発に取り組んできました。犬自然発生腫瘍症例における臨床試験の結果をもとに機器の改良を加え、現在は日本医療研究開発機構(AMED)の未来医療を実現する医療機器・システム研究開発事業「磁気ナノ粒子によるセンチネルリンパ節の特定とがん転移の迅速診断法の開発」の支援を受け、ラットや豚モデル、犬自然発生腫瘍症例での検証を進め、医学領域や獣医学領域での使用を目指しています。 上述してきた私達の基礎研究の成果として、すでに臨床試験に至っている治療法をいくつかご紹介します。犬猫の乳腺腫瘍においては、HER2が高発現していることを同定し、基礎研究・前臨床研究にてHER2阻害薬であるラパチニブの有効投与量を決定し、症例犬猫での有効性検証のための臨床試験を実施しています。また、私達が報告してきた犬膀胱癌の新規標的IDOに対する免疫療法の有効性・安全性検証のための臨床試験も進行中です。現在、これらの臨床試験成績を蓄積し、新規診断・治療法の確立を目指すとともに、それらの情報を元にしたさらなる基礎研究を進め、治療成績の向上を目指しています。




再生班

  • 最近の主要プロジェクト
  • ● 犬間葉系幹細胞の肥大軟骨分化を利用した軟骨内骨化の再現による骨軟骨再生医療の開発 ( 科研費 基盤B 2022-24年度)
    ● リン酸化ニューロフィラメント重鎖血中濃度に基づく脊髄損傷の病態把握と治療効果判定 ( 科研費 基盤C 2021-23年度)
    ● 角膜上皮細胞とHGF産生細胞の重合シートの開発と犬角膜損傷に対する移植効果の検討 ( 科研費 基盤C 2020-22年度)
    ● 哺乳類の新規骨髄由来間葉系幹細胞とユニバーサルマーカーの探索 ( 科研費 挑戦萌芽 2020-22年度)
    ● 病期分類に基づいた犬の脊髄再生医療に対する包括的治療戦略の開発と応用 ( 科研費 基盤B 2019-21年度)
    ● メカニカルストレスに基づいた犬脊髄損傷に対する再生医療とリハビリテーションの融合 ( 科研費 基盤B 2019-21年度)